どらまちっく日本海 良寛さんと夕日の町 出雲崎
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北国街道出雲崎宿

妻入りの街並み

妻入りとは

妻入りとは

江戸時代、徳川幕府の直轄地(天領)であった出雲崎は佐渡金銀の荷揚げや北前船の寄港地で、北国街道の宿場町として栄えました。廻船問屋街、旅館街が立ち並び、それに伴い遊廓も発展していきました。様々な業種が集まり近隣の農家の二男、三男は「天秤棒1本持って出雲崎へ行け」といわれるほど働き口に不自由ないところでした。
当時の人口はこの小高い丘と日本海に挟まれたわずかな平場に約2万人もいたと言われ、人口密度は越後一でした。よって、多くの人が居住できるように、また、当時は間口の広さに税金を掛けられていたことから二間や三間半といった間口が狭く奥行きの長い妻入り家屋が軒を連ね、約4㎞にも及ぶ妻入りの街並を形成しました。

北国街道妻入り会館

北国街道妻入り会館

妻入り家屋の伝統的な間取りを再現し、観光客の休憩や交流の場となっています。「つま」とは端を意味し、建物では大棟と直角な壁面、即ち長手方向のはしの面を「妻」と言い、一方大棟平行な壁面を「平」と言います。したがって建物の平側に玄関(出入口)があるのを「平入り」というのに対して、建物の玄関(出入口)が妻側にあってこれを正面とする様式を「妻入り」といいます。

施設情報

施設情報

[所在地] 出雲崎町大字尼瀬166
[休館日] 年末年始
[営業時間] 8:30-17:30
[駐車場] 4台
[問い合わせ先] TEL:0258-78-3700

芭蕉園

芭蕉園
元禄2年(1689)、芭蕉は奥の細道の旅の杖を出雲崎にとどめ「荒海や佐渡によこたふ天河」の名吟を残しました。昭和29年7月(1954)芭蕉真筆の「銀河の序」全文を拡大彫刻した句碑が建つ庭園です。また、園内には俳句ポストが設置され、年1回選句を行い、句集を作成しております。実際に芭蕉が一泊した大崎屋跡は向かいにあり、ここは良寛生家橘屋と権力争いをした廻船問屋敦賀屋の跡地であります。

施設情報

[所在地] 出雲崎町大字住吉町556
[駐車場] なし(良寛堂裏駐車場から徒歩5分程度)
[備考] 俳句ポスト設置(投句自由) 俳句ポストへ

獄門跡

獄門跡
処刑人の霊を慰めるためにお地蔵様が安置されており、供養塔は天明3年(1783)の建立と言われており、数体の地蔵尊と老榎が当時を偲ばせます。現在でも霊を慰めるため、毎年9月1日に尼瀬町内の人達によって、このお地蔵様の前で百万遍講を行っています。残念ながら戊辰戦争時、代官の手の者によって江戸時代の処刑者の数や氏名、罪名を記した獄門帳やその他の書類を処分したため残ってないが、『遠い越佐の海』という書物には天明3年にあった柿崎の米騒動の首謀者がここで処刑されたと書かれています。良寛さんは名主見習いの時、首切りの立会いが嫌で家出をしたと言われ、良寛さんの出家の動機の1つと考えられています。

施設情報

[所在地] 出雲崎町大字尼瀬431
[駐車場] なし(天領の里から徒歩5分程度)

華やかな天領時代と石油掘削の歴史

こんな街でした

出雲崎は1616年(元和2)江戸幕府の財政を支える佐渡金銀荷揚げ港として、越後で初めて七万石の代官所が置かれた幕府直轄の天領地となりました。また出雲崎は日本で初めて石油の機会掘削に成功したことでも有名な近代石油産業発祥の地でもあります。

天領出雲崎時代館
天領出雲崎時代館
天領出雲崎時代館
天領出雲崎時代館

天領出雲崎時代館は、300年の時を越え、華やかににぎわった天領の時代にタイムトリップする時間旅行館です。照明と音響によりさまざまに場面演出される御奉行船をはじめ、代官所、北前船、江戸時代の家並みを再現。さらに、紙風船と凧づくりに挑戦できる体験コーナーもあり、江戸時代の栄華と情緒とを存分に満喫できる展示体験スポットです。また、オーシャンビューのレストラン「陣や」、物産販売店などもあります。

施設情報

[所在地] 出雲崎町大字尼瀬6-57(道の駅越後出雲崎天領の里内)
[問い合わせ先] TEL:0258-78-4000 FAX:0258-78-4770
[休館日] 毎月第1水曜日(5.8月は無休)、年末年始
[URL] http://www.shidax.co.jp/tenryo/index.html
[料金] 個人 一般500円 小中学生400円 / 団体(20名以上) 一般400円 小中学生300円
[営業時間] 9:00-17:00
[駐車場] 135台(無料)
[備考] 紙風船製作体験 約30分 1人200円(要予約)、 団体様館内案内サービスあり(ご予約時に承ります)、 近代化産業遺産認定(出雲崎石油記念館収蔵品)、 俳句ポスト設置(投句自由)

出雲崎石油記念館
出雲崎石油記念館
出雲崎石油記念館
出雲崎石油記念館

出雲崎石油記念館では、古代石油発見期から近代ロータリー式掘削法にいたる推移、石油精製品や行程、石油化学製品のできるまでの工程、灯具、各種国内油田の地層、原油等が展示してある出雲崎石油記念館があります。なお、入館料は時代館入館料に含みます。

施設情報

[所在地] 出雲崎町大字尼瀬6-57(道の駅越後出雲崎天領の里内)
[問い合わせ先] TEL:0258-78-4000 FAX:0258-78-4770
[休館日] 毎月第1水曜日(5.8月は無休)、年末年始
[URL] http://www.shidax.co.jp/tenryo/index.html
[料金] 個人 一般500円 小中学生400円 / 団体(20名以上) 一般400円 小中学生300円
[営業時間] 9:00-17:00
[駐車場] 135台(無料)
[備考] 紙風船製作体験 約30分 1人200円(要予約)、 団体様館内案内サービスあり(ご予約時に承ります)、 近代化産業遺産認定(出雲崎石油記念館収蔵品)、 俳句ポスト設置(投句自由)

代官所跡

代官所跡

元和の時代、越後の天領代官所は出雲崎が最初で、江戸時代を通して置かれていたのはここだけでした。元和2年(1616)出雲崎に代官所が置かれると、初代代官高田小次郎は、民衆の力の強かったこの町を「出雲崎」と「尼瀬」の2つに分け、それぞれに名主(橘屋・京屋)を置きました。代官所は何度か移転していて、ここに代官所が設置されたのは文化5年(1808)で、幕府最後の代官所は、官軍の進撃時一切の記録を焼き捨てて新潟方面へ敗走し、官軍がここに民政局を設け住民を安心させました。当時は山手側残らず屋敷内で、市街に沿って3面濠を巡らし堤土には青松が優雅にあり、御門、長屋、本陣、牢屋等がある広大なものであり、明治維新まで存続しましたが、現在は往時を物語る老松と跡地及び稲荷神社が残されているだけです。

施設情報

[所在地] 出雲崎町大字尼瀬729-1
[駐車場] 20台

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